ナースセンター隣の特別個室
不整脈が現れるかも知れないという状況と個室が空いてないとの理由から、ナースセンター隣の特別個室に3日間居ました。処置室と思われるところが隣室にあるので、隣の音が丸聞こえです。また、廊下を挟んだ大部屋には一晩中大声を出す患者さんがいました。「痛いよ、痛いよ。」と叫ぶ老人の声です。その声が深夜まで続くのです。これが特別個室の出来事でした。翌朝、若い看護師さんが来て「眠れましたか。」と呑気に尋ねてくるので、やや切れ気味に「こんな理由で眠れる筈が無いじゃありませんか。」と言うと「ごめんなさいね。」と優しく謝られるので溜飲が下がりました。2日目の夜またまたトラブル発生。理由は分かりませんが、保護されてきた3人の外国人が隣で一晩中呻いているのです。看護師さんが日本語で懸命に話しかけるのですが、まるで通じ無いのです。何らかの処置をして暫く静かになるのですが、今度は自分の家族の名前を口々に代わる代わる呼び続けるのです。翌日彼らは退室して行きました。翌朝も別の看護師さんが来て、「良く眠れましたか」と尋ねてくるので、「こんな理由で眠れる筈が無いじゃありませんか。」と言うと「ごめんなさいね。」と、またまた優しく謝られるのでトーンダウンできました。私は基本、若い女性の「ごめんなさい。」に弱いのです。またその2日間の間に主にある兄弟姉妹や交流のある牧師先生に慰問して頂いたので、それも気持ちをフラットに出来る要因になりました。
3日目の夜にはしわがれ声の中年女性の怒鳴り声が聞こえてきました。自分の母の下の世話のことで文句を言い始め最後には看護師さんの説得にも関わらず強引に退院するという事態になるのです。一般病棟女性大部屋です。同室の他の患者さんのことはお構いなく。手術に備え、排尿の為のチューブをつける段になると、この中年女性が、「尿瓶(しびん)で毎回取ってくれればいいじゃないか」とか「母が嫌がるこんな排尿のさせ方は気に入らない」とか「私は市会議員や県会議員を何人も知っている」だの、理不尽な事を 2 時間くらいも休みなく訴え続けるのです。看護師さんたちは病院の方針に沿ってしているだけなのに。遂にはこの中年女性、母親を着替えさせ車に乗せて出て行ってしまったのです。理不尽極まりありません。その後この事について看護師さん達が集まり暫く相談している声も聞こえて来ました。「こんな文句を言うのなら家で、何分おきにもよおすかもしれない母親の世話をしてみたら。」と、次第にその中年女性に腹が立ってきて、私はまたまた眠れぬ夜を過ごしました。
「妄想ばかりのICU7日間」の次は「特別個室での眠れぬ3日間」。もうどうにでもなれというやけくそな気持ちになり、最後には笑いがこみ上げてきました。そんな気持ちになった理由は「心に大きな余裕ができていた」からなのです。手術入院の直前、私が経営する学習塾は過去最低の経営状態。講師に支払う賃金も遅延し、また税金や各種の借金の返済も滞っていました。塾は閉鎖するしかあるまい。借金の方に持ち家の売却も止むを得ないと悩んでいた時期でした。しかし、これは「父なる神様が用意してくださって分岐点なのでは?」という妙な確信が同時に湧いていたからです。「腐っても鯛?」私は改めて「自分は基督者だった」ことに妙な納得をしていたのです。
全ては杜撰な塾経営の結果であり、信仰よりプライドを重視する生き方に対する「神様からの鉄槌」と感じていたからです。しかし「神様の鉄槌」は処断するためではなく、救い出して下さるものと確信します。義人ヨブの心境とはだいぶ異なりますが、この時以下の聖句が何度も思い浮かんでいました。
| そして言った。「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」 ヨブ記1章21節 |