リハビリ生活(47日間)②
私が転院してから2週間後、N さん(推定 80 歳)が私の真向かいに入ってきました。喉に器具が装着されている為会話ができません。この器具で1 時間おきに痰を吸引しなければなりません。更に右半身が麻痺していて、食事も自力で食べられる時と看護師や奥様が介助しなければ食べられない時がありました。この方が同病院の別棟に移動する事になりました。空っぽになった個室に何か忘れ物はないかと奥様がやってきて、また僕に挨拶をしてくれました。「今度移るところはナースセンターが隣の病室で、最後まで居られるところなんです。」「最後まで居られる」との言葉で私ははっとしました。今までに何度も脳疾患や心臓疾患の為、手術や入退院を繰り返してきたことを聞いていたからです。毎朝「Nさん。おはようございます。」と声を掛けると、Nさんも軽く会釈返してくれる程度のお付き合いでした。別病棟に移って2週間後Nさんは他界されました。奥様がわざわざご報告に来てくださいました。病院関係者以外でわざわざ声を掛けてくれたからだそうです。
N さんが別病棟に移ったその翌日、T さん(73 歳)が心筋梗塞カテーテル手術( 2 泊 3 日)の予定でやってきました。ところが手術が始まってみると、血管が硬化していてカテーテル手術では対応できない事が判明。私とまるっきり同じです。院長に呼び出され、転院手術を勧められたそうです。「検査段階で何故こんな事分からなかったんかね。」やり場のない気持ちを私に吐露しました。翌日前橋市にある心臓血管センターに転院することになりました。奥様は地元の教会が運営している保育園で保育士を 7 年していたとのこと。結局手術をされなかったものの 3 日間は病院待機でした。この間Nさんの奥様と何度も話す機会が持てました。ほぼ聞き役です。ご家庭の事を沢山話してくれました。三人の優秀な娘さん達のこと、今年小 5 になるお孫さんのことを誇らしげに語ってくれました。百歳になる母親の介護やご主人の入退院の繰り返し。そのご苦労の様子も。そして最後に「人生に疲れた。」と、私に漏らすのです。3日目には開胸手術の為転院されました。
自宅で大往生という話題はほぼ聞かなくなりました。病院はこの世の優劣には影響されない場所です。そして病院は終の棲家の一つと言えるかもしれません。ですから長い入院生活は終焉を迎える人々の目撃現場とも言えます。そして痛感するのが以下の聖句です。残念ながら彼方の世界に希望を持てない人々の台詞です。
| 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下でどんなに労苦しても、それが人に何の益になるだろうか。一つの世代が去り、次の世代が来る。しかし、地はいつまでも変わらない。日は昇り、日は沈む。そしてまた、元の昇るところへと急ぐ。 伝道者の書 1章2~5節 |