14千尋の谷に落とされた理由①

千尋の谷に落とされた理由①
=悪魔が敷いたレールの上をひた走る=
●振り返ってみると「周囲の関心の的でいたい」という自分がいます。小学校6年生で鼓笛隊の総指揮(一番先頭で指揮棒を振る)を選ばれたことが運の尽きだったのです。「容姿端麗・眉目秀麗の息子さんをぜひ総指揮にしてあげてください」の4字熟語2つを聞かされ逆上せ上がった両親はコロッと逝ってしまったわけです。私の選民意識(エリート)意識はここから醸成されていったわけです。以来ほかの人間とは異なる「特殊能力」を備えているとの思い込みが増幅されていきます。高校1年時でのキリスト教入信は純粋な求道心ではなくやはり他者とは異なる存在でありたいとの浅ましい考え方からでした。そんなことですから心を許せる友人は次第にいなくなっていきます。
●私は歴代の総理大臣2名を輩出した高校を卒業しています。私の同級生は現在日本政府の閣僚の一人です。また多くの医師と大学教授や弁護士が同窓会名簿に列記されています。血気盛んな年齢であり、さらに自分は非凡な才能があると思い込んでいた時期でしたから、専心伝道者として早く第一線で活躍したいとの思いが沸々としていました。
●ところが、高校3年の春父の会社が不景気のあおりを受けて突然の倒産。家族全員夜逃げ同然の様に高崎市に転居します。こんな時ですら私はこんな風に勘違いするのです。「この事態は神様が私に用意したもの。専心伝道者となるための特殊訓練だ。」また「今、家族を助けずにのほほんと大学生活なんて送っていられるのか。」私はあっさり大学進学をやめ、初級公務員試験を受け小学校事務員として働き始めます。こんな大事な岐路に立っていた時なのに、残念ながら相談にのってくれる教会メンバーは誰一人いませんでした。それは当然のことです。私にとって教会は優劣を競うところであっても、深い人間関係を構築する場所ではなかったからです。
●働き始めて2年目、韓国から二人の専心伝道者が来訪しました。一人は日韓併合時代に日本の大学で学んでいた老兄弟で、もう一人は韓国で行われたビリーグラハム国際大会のとき韓国語通訳をされた方です。自分のプライドを掻き立てる「韓国宣教」は恰好のテーマ。滞在中彼らにくっつきまわっていたところ帰国間際、老兄弟から「一緒に韓国で奉仕しませんか」との言葉を個人的にかけてもらいました。恐らくリップサービスの一言は有頂天にさせました。「ついにやってきた俺様の時代」。翌年すぐに訪韓。以降韓国の専心伝道者や牧会者が訪日する際、ビザ申請作業をしてみたり随行役となって各地を飛び回ります。全国の諸集会に訪韓ブームがやってきます。特に関東・関西圏の諸集会が競うよう訪韓していきました。ところがこの流行はほんの数年で消滅してしまうのです。せっかくできたこの交流に何の方向性も見いだせないまま、ただの客人としての訪韓ブームを満喫していただけだったのです。以降急速に韓国熱が冷めていくのです。「直に日韓の橋渡しになる日が来る。教会はそれを期待している。」と思い込んでいた私には冷水をかけられたのも同然です。梯子を外されたとも思いました。焦りました。「今までの数年間が無駄になる。教会のバックアップは期待できない、なら自力で韓国宣教を実現して見せる。」と、またもや誰にも相談せず公務員を退職。生活面では落ち着いてきた家族は大反対でしたが。26歳でノルウェーのクリスチャン宣教団体が経営する印刷工場に勤めることになります。印刷技術を習得し印刷技術者として韓国に出向くためでした。当初は軽作業だけでしたが印刷機を使えるようになると急に仕事の依頼が増え毎日重労働になっていきます。しかし、技術者としての正式な研修はいつまでたっても受けられず、扱いはただの印刷工。こんな状況を私のプライドが許すはずがありません。たったの8ヶ月で退職。失意とともに帰郷。その頃、雀荘経営を始めていた母のもとに転がり込みます。
●学校事務員時代には実兄が経営していた学習塾の手伝いをしていました。そこで兄を真似て私が勤務していた小学校のすぐそばで学習塾を開業。すると開業して3年目には生徒数が70人を越えました。学習塾が軌道に乗り始めると、次第に教会活動に対する情熱も韓国宣教への情熱も冷めていきました。ほどなく私は形だけのサンデイクリスチャンになっていたのです。学習塾の年間行事の一環として生徒を軽井沢のバイブルキャンプに連れていき始めました。田舎の学習塾です。物珍しさもあり毎年20人前後の生徒が参加しました。「求道者をこれだけ連れて来たんだ。俺の実力からすれば、まっ、当然だけどね。」私を教会の亜流とみなしてきた輩の鼻をようやく明かせたと思ったものでした。「諸集会のリーダーが推進する伝道活動よりよっぽど俺様の方が効果をあげているじゃないか。」こんな思い上がりが増長してきます。ここには神様の御心を仰ぐという意識は全くなくなっているのです。「周囲の関心の的でいたい」が最大関心事なのです。
💙ここには神様の御心を仰ぐという意識は全くなくなっているのです。「周囲の関心の的でいたい」が最大関心事なのです。私はまんまと悪魔が敷く滅びへのレールをひた走るようになるのです。千尋の谷に突き落とされる日がいよいよ近づいてきました。

悪魔はまた、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せて、こう言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」
マタイの福音書4章8~9節聖書
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