千尋の谷に落とされた理由③
=蛹の時期が必要だった=
●虫のいい話を致しますが、こんな状況に追い込まれて初めてルカの福音書に出てくる放蕩息子と私は同類であることに初めて気が付くのです。「教会リーダーになれない悔しさ」は「家督を継げない放蕩息子の悔しさ」と同じ。「与えられてもいない能力を過信する」のは「父から任された資産を利用できる能力がない放蕩息子」と同じ。信仰を捨てたはずでした。二度と教会に戻るまいと決心したはずでした。不思議な確信が湧いてきたのはこの瞬間でした。「千尋の谷に落とされたのは父なる神様の親心。」「悪魔と言う偽の養育者を離れ、本物の養育者である神様に帰ろう。」微かに残っていた信仰に頼って、不思議な行動を起こすことを家内に告げるのです。「教会に戻るよ。ゼロからやり直すよ。」何でこんなことが言えたのか今でも不思議でなりません。
●事業失敗を突き付けられたその日のうちに、私は所属していた教会の一番苦手だった長老のところの行き、事の顛末と信仰に戻る決意を伝えました。ところがこんな重要な場面でも長老に恭順を示すふりをしていても内心は依然として憤懣は残ったままでした。諸般の事情から母教会には戻らず、そこから株分けした教会へ集うことになります。
●私の両親と主にある兄弟姉妹からのたくさんの支援もあり塾経営は一旦危機を脱出することが出来ます。新たな出発はとても新鮮で力が込み上げてくるのを感じました。毎月家庭集会を開くと求道者が5人以上、兄弟姉妹が10人は必ず参加して、さながら「日本の小規模な集会」並みになりまた専心伝道者を招いた特別集会を開催するとノンクリスチャンだけで教室が一杯になりました。また独自のノンクリスチャン向けの伝道紙(4ページ)をつくって毎月1000軒ずつ配ったりもしました。兄弟姉妹の注目度は否が応でも上がっていきます。一旦30名まで減った塾も数年で70名を越え講師も5人ほど雇うようになりました。ところがまたまた鎌首を持ち上げて来たのが例の「選民意識」なのです。当時所属していた集会で長老を選出することになったとき、私は図々しくも手を挙げてしまうのです。私は野心と言う名の病気が再発するかも知れない半病人であることを自覚していないのです。無論同意が得られません。ならば独立して「集会」を建てればいいんだとその集会さへも飛び出してしまうのです。自ら孤立無援状態にしてしまったのです。「開拓伝道」とは名ばかりですから、祈りのバックアップもない状態で前進するわけがないのです。あれほどいた求道者もピタッと来なくなります。更に塾も下降線をたどる一方になるのです。
●その直後学習塾に大きな事件が立て続けに起こってしまいます。塾生の一人が中学で女子学生の水着を盗むという不祥事を起こしてしまったのです。その子の親も元塾生です。彼らの相談者となってあげるべきところをあっさりと退塾勧告を出して追い出してしまったのです。このことでこの生徒が通う中学校からはピタリと入塾が止まります。さらに信仰を捨てていた時期の脱税(所得隠)行為が発覚し税務署に指摘されます。違法行為ということで民事における前科者になるところを厳重注意と追加課税と違反金を支払うという形で許されました。これらの負債と生徒数の激減とが負荷になり累積赤字が増える一方になっていきます。自ら孤立無援状態にしてしまったので返済の目安はありません。サラ金に手を出し補填しようとしますが焼け石に水。ついに講師への賃金が停滞し始め家のローンを含む返済も2か月3か月と遅延していくのです。そしてその頃身体にも変調が出始めるのです。夏期講習会の中盤戦が始まった2018年8月8日突如心筋梗塞に襲われます。8月9日早朝、前日、救急車で運び込まれた市民病院で7時間の「冠動脈バイパス手術」を受けるのです。手術は無事終了したものの7日間集中治療室に置かれ、その後72日間に及ぶ入院療養生活。当然学習塾は閉鎖。そして借金が山積したまま。
💙基督者とは新生を経験する人のことです。古き己を葬り去り新たに生まれ変わらなければ神の国は体験できないのです。古き己が生きている限り神の力は体験できないのです。私は古き己をいつまでもどこまでも生かし続けていたのです。蛹(さなぎ)とは昆虫が幼虫から成虫になる途中で食物もとらず脱皮して静止状態にある段階を言います。蝶の場合幼虫から蛹になるのにはおよそ数分ですが、蛹から脱皮し蝶になるには約2週間経過しなければなりません。しかもその間体全体がドロドロに溶けだした後、あのグロテスクな蛹の体の中で新しい細胞が数百倍にも増えていきます。そして時期が訪れると脱皮して成虫の蝶となるのです。まさに私にはこの蛹の時期が必要だったのです。原型がないくらいドロドロに己が溶け出さなければならなかったのです。それがこの心筋梗塞発症そして開胸手術と72日間の入院生活だったのです。私がなぜ千尋の谷に落とされたのかもうご理解いただけましたね。下の聖句は入信間際の人の為だけではなく、古き己を葬り去れない自称クリスチャンにも当てはまるのです。
| イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」 ヨハネの福音書 3章3節 |