18祈りの人(妻)の存在

祈りの人(妻)の存在
●手術室の前で「奥さん。一応心の整理をしておいてください。」と医師に告げられ、その後手術室からの「聞こえる?」ドスン・「聞こえる?」ドスンという声と音を聞くたびに、ひざはがくがくし意識を失いそうになったとのことでした。その場には本庄教会のY先生やT兄弟やS兄弟が付き添って励まして下さったものの妻は心ここにあらずの状態でした。
●7年間の放蕩三昧の時期、妻は私の為にいつも次の様に祈っていたそうです。「父なる神様。主人をあなたの元に必ず戻してください。それが主人の命を取り上げるような事態になったとしても。あなたを恐れて御国に行ける様にしてください。」7年間の放蕩生活から戻ってくる時、私は命を取られる事態になっていませんでした。つまり放蕩生活から平常に戻っただけでは十分ではなかったことになります。神の国の住人として生きること、つまり「神の国の空気を吸い神の国の食物によって成長し父なる神様の御心を第一とする状態」になっていなければ、父なる神様に戻ったことにはならなかったのです。「真に父なる神様の元に戻る為には死の谷を通過する必要があること。また私がしがみ付いていたこの世の全ての物から切断される必要があること。」を妻はすでに祈りの中で教えられていたのです。退院直後彼女はこの祈りのことを私に初めて明かしてくれました。
●妻は心筋梗塞発症から退院までほぼ毎日私を見舞って手を握りしめ言葉をかけてくれました。日頃から言葉数が少ない妻の手はいつも温かく、それだけで私は毎日十分癒され励まされてきました。入院中本来私がしなければならない辛く困難な作業に直面してきたのも妻です。債務整理の矢面に立ち、弁護士さんとの相談や市役所への相談や交渉。生徒保護者への状況説明などなど。しかも障害者の息子の世話をしながら。それこそ昼夜を問わず。
●恥ずかしい話ですがなかなか進まないリハビリに苛立ち、妻に理不尽な八つ当たりをしたことも数え切れません。ラインメッセージを無視したり、テレビ電話を一方的に切ったり、辛いことがあるとまさに子供の様にふてくされていたのです。ところが彼女はいつでもまるで母親の様に穏やかに接してくれました。
●この家内の強く深い信仰と豊かな愛情が無ければ、意志薄弱不信仰な僕は 72 日間の闘病生活を続けることができなかったでしょう。また真の信仰回復がなしえなかったのです。この場所を借りて改めて妻に感謝したいと思います。これからは独り舞台に舞い上がるのではなく、常に信仰を分かち合う生活を送りたいと決意しています。
以下の聖句は、私の理不尽な八つ当たりを浴びる度に心に浮かび上がったものだそうです。今は私自身の慰めと励ましの言葉になっています。

「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」とあなたがたの神は仰せられる。「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」
イザヤ書40章1~2節
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