空の鳥日記2026/01/12


空の鳥日記2026/01/05

空の鳥日記2026/01/12
=ぼろは着ててもこころの錦=
彼らが、「毛衣を着て、腰に皮帯を締めた人でした。」と答えると、アハズヤは、「それはティシュベ人エリヤだ」と言った。Ⅱ列王記1章8節
💚列王記第二の黙想の記録を開始しましたが、上記の聖句を噛みしめていたところ急に思い出したのが水前寺清子さんの「いっぽんどっこの唄(昭和59年)」です。アハズヤが元々エクロンの神、バアル・ゼブブに伺いを立てに行かせた使者たちが偶然エリヤに出会います。使者たちは戻り、アハズヤに死の宣告を告げた時、こんな妄言を言うのはだれだと問い詰めた時、使者はエリヤの外見的特徴を説明すると、アハズヤはそれが紛れもない「エリヤ」であることを直感すると言う場面です。
💚「毛衣を着て、腰に皮帯を締めた人」の外見は「野蛮人」そのもので、蔑まされることはあっても、誰が羨望の目をもって見つめることなどありましょうか。ところが、その男こそカルメル山でバアルの預言者400人と対決した預言者だったのです。エリヤはカルメル山の大活躍以降まったく表舞台に立ってはいません(実は預言者学校の復興に尽力してました)。しかし、主なる神様は、エリヤを再び用いられましたが、それは、「アハズヤへの諫言」です。いでたちといい、主なる神様の利用用途といい、とてもカッコイイものではなかったのです。でもこれこそが主なる神様の「祝用」のされかただったとは思えませんか?
💖水前寺清子さんの「ぼろは着ててもこころの錦、どんな花よりきれいだぜ」のフレーズにぴったりのこの聖句。とても清々しい気分になりました

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